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「ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために」幡野広志著

2年前の34歳の時に治らないがんの告知を受けた写真家·幡野広志さんの著書。

本の帯には「自分の人生を生きろ」。

自分の人生を、その中の人間関係や仕事、お金、生と死、日々のほとんどのことは「自分が選んで」いくことができるということ。

自分の死というものに感傷的になることなく現実的に向き合って、どう死にたいか、どう生きたいかをタブーなしに書いて表現している幡野さんの存在はきっとこの先誰もが絶対に向き合うことになる、ターミナルケアとか緩和ケア、看取りケアに大きな影響をじわじわ与えてくれるんだと思う。ありがたい。

幡野さん自身が言っているように、彼が生きている間に医療の体制や医療従事者の意識に大きな変化は起きないかもしれない。それでも、それなら、自分がどう生きて、どう死んでいきたいか、を考えて発信し続けてくれることをずっと見ていたいし一緒に考えていきたいし、私自身の仕事にも生き方にも活かしていきたいと思った。

私が働いてきた病院とかの環境では「死」とか「あきらめる」ことはタブーでなんとかそれを避ける方向、「生きる」「改善し続ける」方向に考えて判断をすることが常識的でプロの仕事のような、見えないルールブックのようなものをつきつけられていることが多いような気がする。

私はこれまでに何人もの飲み込みの力を診て「少しなら食べれそう」とか「もう食べないほうがいい」という報告を出してきて、それに対して本人や家族が望めばできるだけ食べれるようにしたり、胃ろうという選択肢を提案したり。

時には「なんで食べさせてくれないんだ」って不満をぶつけられることも、「食べさせたい」と切実な訴えをもらうこともある。けどそれって多くは本人ではなく家族から。なぜなら本人が死んでもいいから食べたいと望むならできるだけのサポートはしているからだと思う。本人が食べることをそんなに望んでいない、でも家族が食べさせてやりたいと望む、このパターンが一番こじれる。そしてそこに自分のエゴとか罪悪感が入ってくるとさらにこじれる。

この本を読んで思ったのは、患者本人のために何ができるかって難しいようで実はすごくシンプルなのかもしれないということ。

その人の人生であって私の人生ではないことを心に留めておかなくては。

そして残される家族には、きっとその後の人生でずっとその罪悪感や後悔みたいなものを抱えていくことがないように、本人のために一番いい選択をしたと思えるようなプロセスを踏んでもらえるように寄り添うことができれるような、そういうことができるチームの一員でありたいなと思った。

mde

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