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ぜいたくな悩み

一週間ぐらい前に読んで、まだ時々思い出すニュース。

「貧しい人々の口から『ぜいたくな悩み』 風刺広告が話題に」
http://www.cnn.co.jp/fringe/35023489.html

『貧しい人々の』っていうタイトルがなんだかちょっと、な気もするけど。なんかもうちょっと違う言い方あるんじゃないかな。貧しいを使いたいなら、せめて「貧しい国の人々」の、「貧しい生活をしている人々」かな。

それはいいとして。
広告主の思惑通り、私もあるもののありがたみとかに目を向けないで、無いものばっかり嘆いている自分のことを省みた。さくさくのクッキーが無い、とかね。
誰かに申し訳ないとかよりも、「これがない、できない」とか言っているよりは、「ここだからこそできること」を考えたほうが、いろいろいい方向にはたらくだろうと思う。あれがあれば、って考えなくなるわけじゃないだろうけど、考える頻度は減るのかも。

カナダに住んでみてよく思ったことが日本で当たり前だったことも、『無きゃ無いでなんとかなるなあ』ってこと。
タイマーで朝炊き上がってる炊飯器が無くても、いつでも気軽に使える洗濯機が無くても、お風呂にお湯を溜められるのが数ヶ月に1回とかでも、まあ日々の暮らしは問題なくできて、それが無い生活に適応していくことになる。でもやっぱり、これは時々でいいからあってほしいなっていう本当に大事なものだけが浮かび上がってくる感じ。
これはこれで、大変だったり不便なこともあるけど、少しずつ当たり前だったことを手放すのも悪くないなと思う。

さくさくクッキーを手放せるかどうかって言うと、やっぱり手放せないなあ。

こういうことを考えてる時点で思惑通りだな。
不便だったり安全じゃない暮らしをしている人たちの生活を改善する活動をアピールするにはわかりやすい広告なのかもなあ。
だってなんとなくまだ気になっちゃうもんね、読んだ1週間後になっても。

でも、たぶんこの広告に出てくる人たちにだって、「え、そんなこと?」っていうぜいたくな悩みもあると思うんだよなあ。そんなに「違う」人たちじゃないとおもう。

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