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もうこわくない

バンクーバーにいるときは、夏の終わりに感じる秋の気配が、なんだかとても不安だった。

秋から日がどんどん短くなって、雨が多くなって、寒くなって、長いグレーの季節が始まる。

空も気分も。

天気がそんなに気分に左右するなんて、日本にいる間、全然知らなかった。

生まれ育った千葉は寒い冬は快晴が続いて、寒くてもからっとしてた。

それだけじゃなく一緒にいてくれる家族や友だちがいて、学校や仕事、行く場所があって、自分に価値を与えてくれるものがたくさんあって、私は強くて自信があって、それが当たり前だと思ってた。

バンクーバーでは、仕事を全然しないで、昼近くまで寝たり、意味もなく街を歩いたり、夜までテレビばっかり見てた日が何ヶ月もあった。ただ消費するだけの日々。何も生産してないし誰の役にも立ってない。ただ、今、今日だけをただすごしている。自分が何もできなくて無力に思えて、何かをしようって気も起きない。私、なにやってんだろう、ここで。何度も思っちゃう。朝、起きる目的もわかんなかった。どんどん自信がなくなっていって、気力もなくなっていった。

ただただなんでもない「私」に向き合った。

日本にいる間は、仕事とか友だちとか家族とかの中でのポジションや肩書きが「自分」だと思ってた。でも本当はそういうのは自分の価値じゃなくて、ただの『役割』。ほんとの自分てもっと無力。傲慢だったと思った。

新しいカフェを開拓したり、料理をしたり、英語の本を読んだり、ブログを書いたりして、とにかく何かを「見つけよう」「生み出そう」ともがいた。何かを得たり生み出したりして、昨日の自分とは少し違う自分になりたい、とか思って。

とにかく、無力な自分を感じたくなくて、生活を無意味に感じたくなくて、「やること探し」「居場所探し」「今日という日の意味探し」を毎日した。たいへんだったー。

雨季は仕事がないとほんとうにつらい。無力な自分に真正面から向き合うし、日々気力が落ちていくから。秋の始まりが、ほんとうに不安で、「今年もまた来るのか」ってほんとにこわかった。

今年は、

今朝、不意に入ってきた風が秋の気配で。「涼しくなるな」ってウキウキっとした。何年ぶりだろう。

秋の気配が、もうこわくないんだなあ。

まだまだ、自分のしてきた(勝手な)行動、決断に対する罪悪感と、将来に対する漠然とした不安みたいなのと、孤独には慣れないんだけど。でも、たぶん、大丈夫。

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