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サウスポイント

よしもとばなな。

久しぶりに読んだ。

この人の作品はいつも、すごく大変な境遇だったり、すごく孤独だったり、世間ではおかしな人とか変人扱いされているような人たちが出てきて、そういう人同士が気持ちを通わせていくような話が多いと思うんだけど、この作品もまさにそういう感じ。

序盤は本当に悲しくてさびしい話で始まって、読むのがしんどいなあって思ってなかなか進まなかった。
でも、少しずつ話が動いていって、人や、過去と現在がつながりはじめると、もうどんどん読めちゃって、半分から先はあっという間に読んでしまった。また話の中に入り込んで、仕事してる間とかも、ああいう人たちはどんな感じなのかなあとか考えちゃったりして。

よしもとばななは、見えないこととか、奇跡みたいなことを本当にありえることのように描くのがうまくて、でもその分抽象的だったり、きれいすぎて、だめな人はだめだろうし、私も集中力がないときとかはよくわからない。理解できない。
でもぐっと集中し始めると、ぐんぐんいろんな言葉がしっくりくる。

小説家は、普通の人たちが抱えている思いを「言葉」としてすくいあげる人だって、よしもとばななは言っていたけど、この人は本当にそのとおりのことをしてくれる。私にとって。

自分が整理できないで抱えている思いや、漠然とした思いを、ばちーん、と「言葉」にして示してくれる。
それは、こういう思いをしているのは自分だけじゃないんだなっていうのをわからせてくれたり、むやみに抵抗しないでこのままでいいんだなと思わせてくれたりする。

この「サウスポイント」で一番印象に残ったところ。
主人公のテトラちゃんが、心を通わせたのに親の都合で別れることになってしまった初恋の珠彦くんと大人になってから再会して、ハワイ島にいる珠彦くんのお母さんに会いに行ったときに、珠彦くんの弟が亡くなっていたことを知って、その家族と一緒に過ごすうちに、絶望の中で暮らしているこの家族と一緒に暮らそうかと心を決めていくところ。

「じょじょに決心がかたまっていく。
 大人になってから自分で決めること。あのとき選ぶに選べなかった道がもう一回目の前に、形を変えてやってきた。もしかしたらこの人たちはすっかり元気になったら私を邪魔者扱いするかもしれないという恐れが私をひやりとさせた。人間ってそういうものだから。でも、今を創ることが未来を創るのだ。そうなったらそのときの自分にたっぷり悲しんでもらえばいい。」

今を大切に、っていうのはよくきく言い回しであんまり実感できなかったんだけど、この長い冬を暮らすうちに、未来や理想ばっかり見ていてもつらくなるだけだから、今日、今できることをていねいにやっておいたり、今持っているもので暮らしていくことが自分もラクだし、楽しいかもって思っていたから、この言葉がいまはしっくりくる。

そしてハワイにものすごくいきたくなった。

**もう一つ、気になっていたパートがあったので、本を引っ張り出して探した。
今の「私」が、若いときに大好きだった珠彦くんと別れることになって苦しんでいる自分に向けいて言う言葉

「でも、もし私が神様だったら、あのとき虚勢をはって、いろいろなことをわかったふりをするので精一杯だったあの女の子にこう言うだろう。
『人生はうんとはじめのころに至福のほとんどを知るものなの。人によって違うけれど、至福の鋳型はそのときに作られる。そしてその後はほとんどずっとそれを取り戻すための戦いなの。あなたの場合は、珠彦君との時間がそれを、憧れの全てを、象徴していたんだね。』」

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