info@yogahalo.net

助けられなかったのに助けてもらった

・駅で待っていたバスに乗ろうと列に並んでいたとき、ふとバスの後部ドアのあたりをみると、ひざ立ちになっているおじさんがいた。風が強くてバランスを崩して転んじゃったのかなとか、具合悪いのかなとかっていう感じだったけど、とにかく立ち上がろうとゆっくりバランスをとっている感じだった。私は、声をかけたらいいものかどうか、短い10秒くらいの間にすごく迷った。おじさんは180センチくらいあって体格も良いからたぶん私が行っても助けられないだろうなとか、私みたいな小さいのが行ったらかえっておじさんのプライドを傷つけるかもなとか、自分で立てそうだから大丈夫かなとか。あと、誰か行って声をかけてくれないかな、とも思った。あんな短い間にいろいろ考えられるもんだ。

で、おじさんが一人で無事に立ち上がったあと、自責感に襲われた。なんで声をかけてあげなかったんだろう、なんていわれても良いから声ぐらいかければよかったのに、冷たいな、とか。
誰かが自分を責める言葉より、自分が自分を責める言葉が一番きつい。逃げられない。

でも、次のときはおなじことをしたくないから、もう少し自分を責めた。
・同じような出来事。
仕事が終わってバスに乗って、後ろのほうに空いてる席を見つけたから座ろうとしたら、隣に座っている少年の後ろのポケットのあたりから財布みたいな、小さなケースがのぞいていた。なんとなく、ズボンとチェーンでつなげているようなやつかなと思って、座った。次のバス停で彼が友だちと降りていったとき、あ、っと思って確認したら、やっぱりそのケースは座席に残されていた。どうやら財布?みたい。でも、でも、なぜか、動けなかった。見ないフリをしちゃった。ま、いいか、と思っちゃった。なんでだろう。その直後、向かいに座っていたおばちゃんが気づいて、運転手さんに渡してくれていた。その少年は失くしたことに気付いたとき、ショックだっただろうな。ま、その少年のかはわからないんだけど、たぶんそう。
なんで、『すみません!忘れてる!』って一言が言ってあげられなかったんだろう。彼はそのときにはもうバスを降りてしまっていたんだけど、それでも立ち上がって『君の?』って彼を呼び止めることはできたんじゃないかなって思って。
頭ばっかり忙しくて、言うことばかりいっちょまえで、行動がぜんぜんできてない自分にすごくがっかりした。
そんな内省の出来事が続いたなか、思いがけないことがあった。
だんなが不注意で通勤中に自転車の荷台につけていた自分の荷物を落とした。
財布も、免許も、携帯も、ぜーんぶ、ぜーんぶそこに入ってる。出勤直後、珍しく焦って電話がかかってきた。私はもう外に出てて、私自身の乗るバスも来なくて焦っていたけど、とにかくだんなの携帯に電話してみたら、「Hello」って男の人の声。
バッグを拾ってくれたよう。私の朝っぱらからの電話にも迷惑がることもなく、丁寧に彼の携帯と職場の住所を教えてくれて、そこにだんなが取りに行くことに。
どうやら、自転車で急いで出勤中にバックは道路にふり落とされてしまったらしくて、そこに通りがかった彼が拾ってくれた。それだけでなく、彼が拾う前に、ホームレスのような人がバッグを拾おうとしていて、それを怪しく思った彼がそのバッグを守ってくれたそう。
なんてこと。
なんてラッキー。
なんて善い人が通りがかってくれたんだろう。
偶然に感謝してもしきれない。
私がこんなに人のためになれない行動をしていたのに。
バッグを拾ってくれたこと、落とした人たちがパニックになりかけていたときにちゃんと電話に出てくれたこと、職場まで責任持って大事にもって行ってくれたこと、すべてがありがたい。ありがたいって言葉では言い尽くせないくらい。
もし日本だったら、不審な物にはさわらないように、って言われているし私もそうしていたかも。日本じゃなくても、誰かが落としたバッグをホームレスが拾おうとしていたって、落とした人が悪いんだから関係ないぜ、仕事に遅れそうだから見なかったことにしておこう、拾って変な目にあってもいやだから見なかったことにしておこう、とか思っちゃう。
自分の行動を省みる。
関係ない、関わらないほうがめんどくさくない、って自分がどう思われるかなんて二の次で、考えるより動く、ってことをしなければ。
そうしないと、だめな大人になっていく。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です