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関係のない人について

為末大のツイッター、すごいおもしろかったからコピペ。
 
他人の振る舞いや言動などを裁きたくなったとしても、少し客観的に見られる人であれば、裁く前にその人と自分がどう関係あるかを説明しなければいけない事に気付く。その人がどう生きていようが本来は自分とは関係ないのに、なぜそれを裁こうとしているのか。
 
価値観を押し付ける時、私とあなたは関係ありませんの一言で片付けられてしまう為、何とか関係があるように言わなければいけない。自分が迷惑を被っているから、社会が迷惑を被るから、あなたの為を思って。嫉妬心が正義や親切に変わりやすいのはその為本来は関係のない他人の人生。そこに無理矢理関係性を見いだそうとする時、正義と親切は便利になる。あなたの為ではなく、世の中の為ではなく、そう言っておかないと自分と他人との関係を説明できない。
 
本音はとっちめてやりたいという思い、更に奥には嫉妬心自分の人生が暇でないと他人の人生に関わる時間が作れない。自分の人生を充実させる事より、他人の人生に言及する事の方が楽しくないと他人の為に時間は使われない。自分の人生が充実していれば他人が気にならない。人の為に何かをしたいという思いと、人で鬱憤を晴らしたいという思いの二つがあり、行為としては同じようなもので表現される。
 
世の中の為と言いながら自分の為である場合も、自分の為と言いながら世の中の為である場合もある。足りないものを他人で満たそうとして、他人に依存する。自分が満たされれば他者に執着せず、自由に距離をとれるようになる。自分が満たされない事が他人への言動に表れ、その事に気付かない人は、自分ではなく他人を見続ける人生を生きる。
 

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